夏休みのラジオ体操の思い出

昨今ではラジオ体操が企業のマーケティングの餌場になっているなんて話はきかない。また、いろんな人にこの話をしても、「うちの地元のラジオ体操ではそんなことは行なわれてなかった」といわれる。これは仙台だけだったのだろうか? 

記憶を辿ると何かお菓子的なものを貰ったような気がするけどそれも一度や二度とか少ない回数。確か皆勤賞の子にお菓子が配られ「え!当たり前の事しただけなのにお菓子貰えるの!?」って思った記憶はあるから一度だったと思う。それも町内会の人たちがそこらで買って来た統一性のないお菓子で広告みたいな概念は皆無だったイメージ。

今って幼稚園とかに仮面ライダーが来たりするんでしょ?知り合いの子供が言い出した時は両親と一緒に「ねーよw」とか思ったけど後日ホントに来たらしい。オロナミンCを大量に持って。そして今じゃ親子ともどもオロナミンCの虜になっていると。なるほど、そういう手法もあるんだなあ。小さな巨人って言っても売れない時代だしなあ。そんな話もあるんでラジオ体操がそういう利用のされ方をしても不思議じゃないね。

自分がラジオ体操で強く覚えているのは血を吐いているお兄さんだ。小学1年か2年だった頃、夏休み初日にラジオ体操をやっている広場へ行くと高学年の男の子が広場の端の方でペッペッ!としていた。最初は何とも思っていなかったのだがたまたま近づいたら吐いていたのが真っ赤な液体だったのである。どう見ても血。当時は昭和50年後半だったのだが「今日び吐血て!」と思った記憶がある。吐血って単語は知らなかったから若干違うけど時代劇とかで娘に向かって

「すまねぇなあ・・・オマエさんには苦労ばかりさせちまって・・・」
「なに言ってんだいお父ちゃん、しっかり食べて元気を出しとくれよ!」
「ホントすまねぇなあ・・・ゴホゴホ!」
(吐血)
「お父ちゃん・・・!」

みたいなシーンを記憶していて「そんな時代じゃねえだろ!」って思ったものです。3日目ぐらいから吐血兄さんがラジオ体操に来なくなって「マジで・・・・・?」とグルグル妄想しまくりんぐでした。

もう一つの思い出は小学6年の時。これまた夏休み初日なんだけどラジオ体操に行こうとしたら鼻血が出た。でも大したこと無かったし鼻に詰め物をするのは恥ずかしいと思ったから鼻をすすりながら参加した。でも鼻血ってすすってると飲んでるのと一緒じゃないですか。意外と長引いたので気持ち悪くなって飲まずに吐くことにした。ペッ!って。当然ですが地面には血。側には目を大きく見開いた小学校低学年と思われる男の子。

3日目からラジオ体操に行くのをやめた。